同性愛、遅漏

●T 題名:同性愛、遅漏 投稿日 : 2002年6月11日<火>08時34分 返信

僕は、22歳の大学生です。
不思議な縁で、70歳のおじいちゃんと
恋愛関係をもつようになり、抱き合ったりしています。
僕は、おじいちゃんのこと、本気で好きだと思っています。
Hの時は、手で相手の性器を刺激するような形でしています。
おじいちゃんは、すぐに射精するのですが、
最近、僕は遅漏になってしまいました。
刺激されても、気持ちいいというよりも、
痛いという感じになってしまいます。
それで、「まだ、でないの?」と言われて、
僕は、おじいちゃんの疲れてしまう様子が、
かわいそうというか、気になってしまい、
申し訳ない気持ちになって、射精できなくなります。
そのあとは、自分でするのですが
必死になって刺激して、やっと射精できる、という感じです。
最近、オナニーでもなかなか射精できなくなってきました。
射精することよりも、
一緒の布団に入って、おじいちゃんの身体に
くっついていることの方が、
気持ちいいと思ったりもします。
上手く説明できませんが、
肉体的、性的なものを超えた、
おじいちゃんへの愛の気持ちがあるという感じがします。
ただ、おじいちゃんは僕が射精できないことを
気に病んでいるようです。
・・・僕は、多少、欲求不満だとは感じますが、
おじいちゃんと一緒に過ごす時間がとても幸せです。
射精できなくなっていく自分は、
良いことなのか、悪いことなのか・・・、
まったく、分からなくなってきます。
でも、すごく不安なんです。
・・・なんでも結構ですので、
是非、レスを下さい。お待ちしています。。。
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Res:Dr.M 題名:いやらしいという気持ちが無くなったのでは 投稿日 : 2002年6月11日<火>16時03分

人間はいろいろオプションをつけて性行為を行う生き物です。
性欲からしていると思われていますが、単に性欲だけでしているのでしょうか。
性行為を行う根元的な動機は「いやらしさ」にそそられてだと思います。
ですから性欲を客観的に考えていくとこの辺りに行き着くような気がします。
そして、いやらしい対象は個人の嗜好や趣味で異なるというのが本質でしょう。
だからオプションで同性でもありなのです。

愛する二人の性行為はこんな「いやらしい」ことをしていると思えばこそ
気分が非日常的になって燃え上がるのです。
風俗で射精するにしても、男はお金を払ってでも「いやらしいこと」をしたいのです。
性欲を満たすことの本質は、このいやらしいことをしたいという欲求のように思えます。

私が思うに、いまのTクンの状態は、
その行為をいやらしいと思う気持ちが無くなっているのではないかと思います。
最初はあったでしょうね。(いやらしいとは意識していなかったかもですが)
でもいまは、それがいやらしいと思えないのではないですか?

Tクンの場合、どうしてそうなったのかはわかりませんが、
男と女でも、形が変わったり、無くなる時もあるでしょう。
時に流され、生活にさらされ、繰り返しという倦怠に風化されながら、過ぎていくのです。
そして色んなふうに、愛に変わったり、飽きてしまったり、思い出だけになったりね。

よく考えると「いやらしさ」というのは幻想のようなものなのかもしれません・・・。